【映画】『マンデラの名もなき看守』(2007) 白人看守から見たマンデラの偉大さとは?

【映画】

こんにちは。ダチョウです!

本記事は、タイトルの映画についてです。

子<br>ダチョウ

ダチョウ

リーダーシップ、人種問題、南アフリカの歴史などに興味がある人におすすめ!

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本作のみどころ

・白人看守から見たネルソン・マンデラの人物像が描かれている。
・アパルトヘイト政権下の刑務所の様子が分かる。
・幼少期の白人グレゴリーと黒人バファナの友情が印象的。

作品情報

 本作は、ビレ・アウグストによるものです。1948年、彼はデンマークに生まれました。コペンハーゲンの映画学校で映画製作を専攻。『ペレ』(1988)と『愛の風景』(1992)では、カンヌ国際映画際で最高賞を受賞しています。
 本作は、南アフリカ政府の刑務官ジェイムズ・グレゴリーの手記『さよなら、バファナ』(Goodbye Bafana) を原作としています。

あらすじ

 舞台は、アパルトヘイト政権下の南アフリカ。主人公は、刑務官グレゴリー。小さい頃、トランスカイの牧場で育ったグレゴリーは、コーサ語を理解できる。彼の語学力を評価した公安は、彼にロベン島でネルソン・マンデラの監視を任せる。当時、マンデラは終身刑を受けており、グレゴリーはそれをしかるべきことだと考えていた。しかし彼は、実際にマンデラに会い、言葉を交わしていくうちに、彼に親近感を覚えるようになる。

 ある日、マンデラ夫人が、監房を訪れる。グレゴリーは、クリスマスプレゼントとして、チョコレートを妻に渡してほしいというマンデラの願いを聞き入れる。その事が明るみになり、グレゴリーは黒人よりの人間というレッテルを貼られ、白人コミュニティから疎外される。彼は家族を守るため、辞職を願い出るが、公安に才能を買われているグレゴリーは、ポールスムーア刑務所に移動する。やがてマンデラが同刑務所に移送され、再び彼の看守を努める。

 1980年代に入ると、南アフリカ政府に対する国際社会の批判が高まっていく。政府は、アパルトヘイトの廃止に乗り出す。マンデラは釈放され、やがて大統領に就任する。

アパルトヘイトとは?

 20世紀の南アフリカ共和国で起こった、白人と非白人の間の関係性を規定する人種隔離政策のことです。以下は、作品からの引用です。

“Twenty million Blacks are ruled by a minority of four million Whites under the brutal Apartheid regime. Blacks have no vote, land rights, no freedom of movement or equitable opportunity to housing, employment or education.”

(2,000万人もの黒人が、400万人にすぎない白人が指揮する残酷な人種隔離政策のもとで支配された。黒人には投票権や不動産権がなく、住居や就職や教育の面においても差別された。)

 アパルトヘイトは、白人を優遇する制作です。白人といっても、南アフリカ共和国には2つの民族集団がいます。最初にこの地に足を踏み入れたアフリカーナー(オランダ系入植者の子孫)とイギリス系です。この2つの民族集団は互いに激突し合いました(ボーア戦争)。軍事的優位性をもつイギリス系が支配層を形成していき、一方でアフリカーナーはプア・ホワイトといわれるように貧困化していきました。そこで、このプア・ホワイトを救済する目的で次々に人種差別的な法律が作られていきました。

1911年:鉱山労働法
1913年:原住民土地法
1927年:背徳法
1952年:パス法

 作中で、印象的なシーンがあります。突然警察が街中にやってきて、黒人たちにムチをふるい、強制連行していきます。一連の行為を見たグレゴリーの娘は、「あんなの不公平だよ、お父さん」と口にします。強制連行の原因は、黒人たちが身分証を持っていなかったからです。パス法は、南アフリカ共和国に住む18歳以上の黒人に、身分証の携帯を義務化しました。身分証は、雇用主の記載が必用です。しかし、ほとんどの場合、雇用主は白人に限定されていたため、身分証を持っている黒人は少数派でした。

囚人マンデラとは?

 1918年、ネルソン・マンデラは南アフリカ共和国のトランスカイに生まれました。学生時代には、勉学に励み法律の学士号を取得します。その後、1944年にアフリカ民族会議(ANC)に入党。反アパルトヘイト運動に身を投じていったために、1964年に終身刑を言い渡されます。以下は作中からの引用です。

“Determined to retain power, the government bans all opposition organisations, forcing their leaders into exile or imprisoning them, some for life, on Robben Island.”

(政府は、権力維持のために反体制組織を禁圧し、その指導者たちをロベン島に強制収容した。)


 反体制組織とは、マンデラが所属するアフリカ民族会議のことです。ロベン島は、ケープタウンの沖に浮かぶ島です。
 マンデラは、27年間もの間監獄で過ごします。その間、彼は反アパルトヘイトの象徴であり続けました。1990年に釈放され、1994年に南アフリカ共和国の大統領に就任します。

看守グレゴリーとは?

 1941年、ジェイムズ・グレゴリーは南アフリカ共和国のトランスカイに生まれます。小さい頃、牧場で育ったグレゴリーには黒人の親友バファナがいました。そのため、コーサ語が話せる他、コーサ人の伝統にも精通しています。マンデラに出会うまでは、アフリカ民族会議をテロリストだと見なし、マンデラの処刑は当然のことだと考えていました。しかし彼は、マンデラと言葉を交わすうちに、彼が実現しようとしている理念に惹かれていきます。やがてグレゴリーは、マンデラ夫人に便宜を図ったことで、白人コミュニティから疎外されてしまいます。家族への被害を恐れたグレゴリーは、上司の計らいのもと、別の刑務所へと移動します。

 その後、グレゴリー家は、静かな暮らしに満たされます。しかしある日のこと、息子が自動車事故で死亡してしまいます。グレゴリーは悲しみに打ち拉がれますが、同じく息子を亡くしたマンデラが、彼を慰めます。グレゴリーは、なんとか立ち直ります。

 最後に、グレゴリーの手記について、白人目線だとか、グレゴリーの事実関係に反するという批判もあります。アパルトヘイトやマンデラを取り上げた作品は、他にもあります。ぜひ本作とは別の視点で、南アフリカの歴史を見つめてみてください。

ダチョウ<br>先生
ダチョウ
先生

小説だと、アンドレ・ブリンク『白く乾いた季節』とか、ドリス・レッシング『草は歌っている』なんかもおすすめだ。

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