【映画】『英国総督 最後の家』(2018) インドの独立過程とは?イギリスの国際政治の背景

【映画】

こんにちは。ダチョウです!
 
今回は、タイトルの映画についてです。

子<br>ダチョウ

ダチョウ

イギリスの政治や植民地の独立に興味がある人におすすめ!

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本作のみどころ

・英国の第二次世界大戦後の国際関係が分かる。
・インドとパキスタンの独立過程が分かる。
・イスラム教徒の女性とヒンドゥー教徒の男性の恋が見所。

作品情報

 本作は、グリンダ・チャーダによるものです。1960年、彼女にケニアでインド人の両親の間に生まれました。その後、ロンドンのサウスオール(インド人街)で育ちます。BBCでドキュメンタリーを手がけ、やがて商業映画を政策するようなります。

あらすじ

 舞台は、第二次世界大戦後のインド。イギリスは、300年の間インドを植民地として支配してきた。しかし、戦争で疲弊したイギリスは、植民地の主権譲渡を決意する。そこで、マウントバッテンが、インドの最後の総督として首都デリーにやってくる。豪華絢爛な総督官邸では、日々500人のヒンドゥー教とイスラム教徒の使用人が仕えている。その傍ら、独立後のインドをめぐって議論が行われる。次第に宗教対立による暴動は激化していく。最終的に、総督はパキスタンの分離独立を決意し、インドとパキスタンが建国される。

チャーチルの構想とは?

 パキスタンを建国するにあたって、マウントバッテンは、国境をどのように分割するかを決断できずにいました。やがて分割案は完成しますが、すでに分割案ができていたことを彼は知ります。1945年にチャーチルがまとめたインド洋に関する安全保障の中で、ソ連の脅威に対抗するため、カラチを確保するように画策されていたのです。その際、チャーチルはパキスタンの独立をジンナーに認めていました。

 現パキスタンの金融・商業の中心地カラチ(首都はイスラマバード)は、歴史的に要所として栄えてきました。

インドとパキスタン

 独立後のインドをめぐって、インド総督マウントバッテン、インド国民会議代表ジャワハルラール・ネルー、そして全インド・ムスリム同盟代表ムハンマド・アリー・ジンナーの間で議論がかわされました。そこにマハトマ・ガンディーも加わり、彼は統一インドの重要性を指摘します。最終的に、パキスタンの領土はイスラム教徒が多いパンジャールとベンガル地方に決まります。人々は、インド人かパキスタン人かの選択を強いられ、それぞれの場所へと移動します。しかし、宗教対立による暴動により、多くの人々が難民となり、インド国内では飢餓が蔓延します。

 黒土分割が決まった時、国内の資産は、インド8:パキスタン2と決められました。図書館の本を仕分けしていた作業員が印象的です。『嵐が丘』はパキンスタンに、『ジェーン・エア』はインドにという風に英文学作品が登場していました。

宗派をこえて

 本作品は、インドとパキスタンの建国に関する歴史的な文脈が見どころです。ですが、もう一つの見所があります。青年ジートと秘書アーリアの恋です。官邸に仕えるヒンドゥー教のジートは、同じく官邸に仕えるイスラム教徒のアーリアに恋をします。しかし、アーリアには父によって決められた婚約者がいました。にもかかわらず、アーリアはジートの想いに惹かれていきます。そんな時、暴動の激化によって、アーリアの家は襲撃されます。アーリアは、インドに残るようにジートに説得されますが、イスラム教徒である自身の立場を危惧したアーリアは、パキスタンへ移住することを決意します。移動中の列車が襲撃され、乗客は死亡します。難を逃れたアーリアは、難民街へ逃れ、最終的にジートとの再開を果たします。

ダチョウ<br>先生
ダチョウ
先生

ビリヤニという料理があります。パキスタンとインドを含め中東や南アジアでみられる料理です。ビリヤニはダチョウ先生の好物です。大阪に行きつけの店があります。

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