【本】エミリー・ブロンテ『嵐が丘』鴻巣友季子訳、新潮文庫、2003

こんにちは。ダチョウです!

本記事は、『嵐が丘』(Wuthering Heights)についてです。

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ダチョウ

『嵐が丘』は、エミリー・ブロンテの長編小説や。世界の10大小説の1つとかいわれているで。

あらすじ

 物語の舞台は、イングランド・ヨークシャー。語り手は、ロックウッドとネリー。1808年、都会の生活に疲れた人間嫌いの青年ロックウッドは、人里離れた田舎にある「スラッシュクロス」という屋敷を借りて移住することにした。同屋敷の近隣には、唯一「嵐が丘」という屋敷がある。館の主人はヒースクリフという男性であり、彼と一緒に暮らす人間たちの関係は冷えきっている。「嵐が丘」にいる人間に興味を抱いたロックウッドは、事の真相を知っている女性ネリーから、ヒースクリフにまつわる愛憎と復讐の悲劇を聞かされる。

 かつて、「嵐が丘」には、旧主人アーンショーとその子供であるヒンドリーとキャサリンが住んでいた。アーンショーは、外出先で孤児を拾ってくる。その名をヒースクリフとし、彼を溺愛する。アーンショーの死後、ヒンドリーが館の主人になる。ヒースクリフに好感を抱いていないヒンドリーは、彼を下働きにしてしまう。当時、「スラッシュクロス」には、上流階級のリントン夫妻と、その子供であるエドガーとイザベラが住んでいた。キャサリンとヒースクリフは、互いに恋心を抱いていたが、キャサリンは、上流階級への憧れから、リントン家のエドガーからの求婚に応じてしまう。そのことに衝撃を受けたヒースクリフは、嵐が丘から姿を消す。

 やがて、ヒースクリフは、裕福な紳士となって帰ってくる。しかし、その理由は、下働きをさせたヒンドリー、自分からキャサリンを奪ったエドガー、そして自分を捨てたキャサリンへ復讐するためであった。まず始めに、ヒンドリーに賭博の申し出をおこない、「嵐が丘」を含めた全財産を奪い取ってしまう。次に、ヒースクリフは、エドガーの妹イザベラを駆け落ちさせ、冷酷な扱いをする。そしてキャサリンには、愛をささやき続け、その結果、彼女は発狂して死んでしまう。ヒースクリフの復讐はとどまるところを知らず、ヒンドリーとキャサリンの子供たちにも及ぶのである。

社会的背景について

 本書『嵐が丘』が執筆された社会的背景についてです。本書は、1847年にイギリスで出版されました。その頃のイギリス社会は、産業革命により、経済が最盛期を迎え、人々は物質文明の恩恵を享受し始めていました。社会の産業化は、人々に合理的精神をもたらしました。その結果、人間存在の諸条件は、再定義を強いられることになっていきます。作品の語り手であるロックウッドは、都会の生活に疲れた人間嫌いという人物です。つまり彼は、19世紀イギリスの物質文明に疲弊した存在なのです。そして、そのようなロックウッドを通して、ヒースクリフとキャサリンの恋愛劇を垣間みることで、古き良き前時代を振り返ると同時に、人間が人間として生きていた時代を賛美する構造になっています。ブロンテは、二人の関係を通して、社会の因襲にとらわれることのない、身体という枠をも超越した、魂と魂の繋がりを物語ることで、人間の存在とは何かということを示唆しています。

荒野について

 荒野についてです。本書において、荒野は、社会の外、つまり社会的な束縛のない自由な世界の象徴として描かれています。ヒースクリフの精神を支配しているのは、幼少期にキャサリンと荒野で過ごしていた時の記憶です。ジュルジュ・バタイユは、著書『文学と悪』の中で、ヒースクリフとキャサリンの荒野について、「二人が一緒に身も心も捧げ尽くした少年時代の絶対至高の王国」と表現しています。ヒースクリフとキャサリンは、成長していくにつれて、利害に基づいた社会の因襲に従うことを強いられます。二人を引き離すのは、理性で構築された社会そのものなのです。出版当初、本書は非道徳的だという評価がありました。つまり、社会が道徳であるならば、荒野で繰り広げられる二人の恋愛とは、反社会的なものだということを物語っているのです。

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